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CB50・CB90系エンジンとの長~く楽しいお付き合い

我が青春!!の「SRT・鈴鹿レーシングチーム」-2

7月 15th, 2012 at 21:00

10歳年上の当時の部長さんから画像が送られて来ました

1973年MFJ第3戦鈴鹿ロードレース大会ノービス125クラス 

1位吉村辰己 2位飯島茂雄 3位アタシ(皆SRT・同期入社の二十歳) 木山・松山リタイヤ

デビュー2戦目にして初表彰台 アタシも結構速かったんですが 

他のチームメイトはもっと速かった (木山賢悟も同期入社・松山守さんは、1歳上)

社内外でこの5人は「キチガ●5人組」と呼ばれていたらしい(苦笑)

普通、同じクラスには、2人か多くて3人程ですが、

5人もエントリーして、デビュー前から、結構注目されてました

部長さんも、良く参戦させたものです(陰では、色々言われたそうですが)

厳しくも楽しい(ホントは勝てなくて悔しかった)時代でした

10 Responses to “我が青春!!の「SRT・鈴鹿レーシングチーム」-2”

  1. よっちゃん Says:

    おはようございます。

    表彰台の笑顔の輝きが今もちっとも変わっていませんね。

    このころ私は高校三年、馬場の平でモトクロスに明け暮れていました。

  2. CooL無限 Says:

    この時は、嬉しかったですね~
    デビュー初戦前に転倒/骨折(右足首の骨が欠けた)して、パーになって
    必死で復帰しての2戦目で皆に追いついた気がしました
    ま、また9月に転倒/骨折(左手首の骨が欠けた)して、最終戦欠席(泣)
    1年目にして、地獄→天国→地獄と波乱万丈でした
    女の子にも振られたし(大泣き)

  3. ぼん(木山さんがつけたあだ名) Says:

    私もこのレース観戦した記憶があります。この時はSRTじゃなくて、カワサキの清原選手が750SSのノーマルでしましまのTシャツで走るのを見に行きました。後になって飯島さんにOさんたちの筑波のデビュー戦について話を聞いたことがあります。飯島さんはレース終了後、うれしくて、うれしくて、泣いたそうです。わたしが優勝したんですか?と聞くと、違うわ!と否定し、1位~5位までみんなSRTで占めたんじゃ。それがうれしくて、と潤んだ視線で遠くを見ながら熱く語られたのを今でも覚えています。

  4. CooL無限 Says:

    ぼんさん
    もう40年以上前の出来事になってしまいましたね
    筑波の件は確かに凄かったです(私は確か5位)
    その時初めてスタートからTOPを疾走しました(たった2周だけでしたが)
    第2ヘヤピンでリアブレーキを踏んだら、ペダル先端が路面に着いてしまい
    そこで、ビビッてしまい徐々に遅れてしまいました
    ブレーキ掛けながらコーナリングしてたんですが、
    バンク角が鈴鹿とは随分違っていましたね~

    キヨさんのカッコ良さにも影響されて、真似した事も有ります
    木山はおちゃめな男で、同じ寮だったしヤツの影響でSRTに入部しました
    飯島も表面はクールさを装っていて誤解される事も有った様ですが
    私とは仲が良く、あれこれお世話になりました
    あの頃を覚えていて下さる人も多くて嬉しいです
    ぼんさんも達者でね!

  5. ぼん(木山さんがつけたあだ名) Says:

    寡黙な一匹狼、吉村辰巳選手・・・51年CBからMTR(フレーム自作)で戦う彼は孤軍奮闘していた。筑波でのデビー戦では激しいエンジン振動でフレームが切損した。エンジンも思うように上まで回らなかったようだ。上田さんはRSC入りが決まっていてマシンもその他のバックアップもRSCが主体だった。だから自分一人でMTRを開発していました。部室よりもRSCの塩*さんの所へ通い詰めていろいろ教えてもらっていたとおもいます。しかし彼は見事に車体もエンジンも自分の求めていた域にまで到達させたのです。その年の鈴鹿GPで見事に優勝したのです。非常な努力と執念だなーと感じました。すでにRSC入りしていた上田さんがレース後「なんでワークスのほうがストレートで抜かれるんじゃ!」と言った言葉に塩*さんが複雑な顔をしていた事を覚えています。

  6. CooL無限 Says:

    ボンさん
    へーちゃんと木山は福岡出身 アタシは鹿児島 飯島は千葉
    皆、見事に性格が違っていましたね
    私は普通のバイク好きだったんですが
    他の3人は、バイクについてそれぞれ異なる分野で才能が有りました
    塩○さんには、SRTに入部する前にお世話になりました(モトクロやっておられた)
    MTRについては、明和Rの「こなべさん」のマシンに乗せて貰い
    荒川テストコースの直線で走らせた事が1回有ります(51年)
    半クラでのスタートが難しく、とても乗れませんでした
    私も1年間のブランクが有ったのですが、
    ライダーとしての才能は実に平凡なものだと再確認しました

    今、手元にMTRのタンク/シートが有りますが、半量産品として厚みも有り
    CB90/125Sのキットパーツとは品質的には随分向上してます
    2ストは時代が進むと焼付きも少なくなり安心して走れる様になりましたね
    メッキシリンダ/水冷までは無限で経験してますが、一気に進歩しましたね
    今、その集大成みたいなNSR250Rで、全回転域でツキの良いエンジンを楽しんでいます

    でも、エンジンイジリを楽しむのは「90系縦型エンジン」に限りますがね(嬉)
    「乗るスキル」も「弄るスキル」も全部SRTで学びました 良い時代でした

  7. ぼん(木山さんがつけたあだ名) Says:

    吉村さんが優勝したのは次の年の52年かもしれません。すいません、記憶が曖昧で.SRTの時OさんとMTRの無限シリンダーの開発で2度、3度手紙か電話でやり取りした覚えがあります。SRTの開発兼ライダーは桜井君が担当でしたが、物になる前に水冷に変わり尻切れになったような・・・。NSR250わたしもMC21のSPに乗っていましたが、本当に速かったです。たまにしか乗らないとなかなかENGが掛からないので難儀しましたが。107、365、383系はわたしも特別の思いがあります。SRTの入部の動機はレーサーじゃなくてノーマルのCB125JXを駆る(プロダクションレースで)佐藤健正さんにあこがれてでしたから。それにしても、SRTのノーマル125JXは異常に速かったですね。大草さんの乗ってたJXはダントツでわたしレースで2分2秒台でたことがあります。

  8. CooL無限 Says:

    ぼんさん
    私はひたすら売り物のCIVICのヘッドを削っていました
    開発の関係は、O原さんでした 真面目な(非常に)人です
    空冷はやはり限界だった様で、朝研からの出向の人も来て(おおなべさん)
    水冷の検討も無限が早かった様でした(量産時は辞めてたかな)
    ただ、2輪のロードの事はとんと関知してなくて
    当時の2輪レースの事情なんかは、最近知った事が多いです

    無限勤務時代は、4輪のTSレースが面白くて、
    よく埼玉工場の明和Rに遊びに行ってました
    4輪は無限に行ってから覚えたので、
    大変面白かったです(見学だけでしたが)
    無限を4年で辞めた直後に、(うすうす知ってはいたが)
    ホンダのレース活動も本格的に再開されました(少し残念)
    一番低迷期のレース界に10年近く身を置いたんですが
    私の様なあまり能力の無い者でも活動出来たのは、実に幸運でした
    その後の自分の人生目標を変更する作業も結構大変でしたので、
    その後20年は大人しくしてました

    遊びでミニサーキットを走り始めたのは2003年頃からですね
    いまだに、ブログ記事の様に年1回程度の「走行会」を楽しんでいます
    「昔取った杵柄」楽しく走り回っています
    (乗り慣れたCB125SとJX改なので気楽です)
    旧車レースには佐藤君が参戦しているので、見学/冷かしに行ってます
    彼には迷惑でしょうが、一応先輩なので気になります
    (古いSRTは体育会系ですから・笑)
    まだまだ「バイク遊び」は現役ですよ~
    ぼんさんもお楽しみ下さい

  9. ぼん(木山さんがつけたあだ名) Says:

    失礼しました。O原さんも確かSRT出身ですよね?G津さんも皆ずっと無限にいらっしゃるんだとばかり思っていました。わたしがSRTにいた51年~55年もレースマシンの過渡期でノーマルCB125JXは180度クランク2気筒のCB125Tへ(2分50秒台突入)CB125RはMT125R(水冷)へ(ノービスでも2分30秒台前半突入)、CB550RはDOHCのCB750改へ(木山さんがCB550Rで口から泡をふきながら、2分26秒で走っていましたが、750改(996cc)ではジュニアライダーでもそのタイムで走れました。)A馬さんが開発していた単気筒のRS250Rは2気筒のNSRへと変わってゆきました。SRTやめた後にも、仕事でいろいろお世話になったSRTの先輩達、RSCやHRCの契約ライダーになった上田さん、木山さん、一ノ瀬君、山本君ほか、すばらしい仲間たちと一緒に活動したことはわたしにとっても宝です。SRTのことになるとついつい興奮して何度もメールしてすみませんでした。健正さんや敬愛する飲み仲間の皆さんにも会われましたらよろしくお伝えください。

  10. CooL無限 Says:

    ぼんさん
    O原さんは、私より半年早く無限に行きました(そろそろ退職?)
    G津さんは定年までずっとホンダに勤務されてました
    お二人とも狭山→鈴鹿に転勤されてSRTに転部されました
    ガッツのある走りで良きライバルでした
    お互いSRTに良い思い出が残せて良かったですね
    当時は先が見えなくてジタバタした時期でしたが
    今にして思う事は、過ぎてしまえば「楽しい」思い出しか残ってません
    年1回有るだろう飲み会のレポートも「無限空間Cafe」にアップします
    楽観的に日々の生活をお楽しみ下さい
    また、コメント下さいね

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